Diary
| 2000/6/2 金 |
| 旅行代金の残金を振り込む。これでやっと行くぞという雰囲気に。買っておかなくてはいけないものが割とあるが、今日はスイスの友達に頼まれている「地球の歩き方ロンドン」と成田エクスプレスの券を買う。当日電車がちゃんと動くことを今から祈る。 |
| 2000/6/3 土 |
| ブルガリアの友達がひらがなで書いてある英和、和英辞典が欲しいという。昔持っていたような気がするが、かなりちゃちかったような覚えがある。紀伊国屋行って探してみようっと。 |
| 2000/6/5 月 |
| 欲しい欲しいと思っている一眼レフのカメラを旅行のためにも買いたいのだが、なんだかんだお金が出ていくのでほぼ諦めている。でも「一生使える」ってこと思うとやはり買いたい。今持っている小さいので我慢しようか、それとも誰かくれないかな・・・。 |
| 2000/6/7 水 |
| ルーマニア大使館へビザをもらいにいくつもりだったが朝起きれず今日は諦める。新宿のヨドバシでフィルムやら変圧器など買う。ちなみに変圧器は2600円。高いうえに少し重い。ほぼひげ剃りのために買うのは少々馬鹿らしいが・・・・。友達へのおみやげ、漢字のパズル、ヒーコのCD買う。日本語−トルコ語の辞典は見つからなかった。 |
| 2000/6/9 金 |
| 飛行機の中ではいつもウォークマンを聞くが、今回はシンガポール航空なのでスチュワーデスさんに見とれるのでウォークマンは持っていかなくてもいいかもしれない。荷物はできるだけ軽くしたい。 |
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| 2000/6/10 土 |
| 旅行中会うべき人へからの注文品(おみやげ)を浅草に買いにいく。安いゆかたを結局買ってしまったが、あういうのだったら買わないほうが良かったかなぁとちょっと後悔。 そんなわけで旅行へ持っていくものはほとんど揃った。 |
| 2000/6/12 月 |
| HISからチケットの引換証が届いた。結局、キャンセル待ちを入れておいた便は取れなかった。せっかく行くのに旅行が5日間も短くなるのが確定。 |
| 2000/6/14 水 |
| かばんに持っていくものをある程度詰めてみる。Tシャツを3、4枚、その選択がむずかしい。どれにしよう? |
| 2000/6/19 月 |
| 偶然の奇遇! ブルガリアへはルーマニアのブカレスト経由して入国するのだが、そのルーマニアではビザが免除されない。ので広尾の大使館へ行く。その途中でブルガリア出身の女の子が道を聞いてきたのだ! 「ギリシャ大使館に行きたいんですけど、今私はどこにいるでしょう?」みたいな感じで。きれいな日本語でした。とにかく驚いたー。 |
| 2000/6/21 水 |
| スイスでの2日目はハイジのふるさと、マイエンフェルトへ行くが、その日どこに滞在するか悩む。インターラーケンまで行けるかどうか。はたまた、チューリッヒまで戻るか・・・。 |
| 2000/6/23 金 |
| ルーマニア大使館に自分のパスポートを取りに行く。2回出入国するのだが、それ相当のものではなくて、それを言うと、ボールペン手書きでちょちょいと直してごまかされた雰囲気。2回目の入国の時に困るかも。いい加減な国だ。 |
| 2000/6/26 月 |
| とうとう出発の前日だ。ガイドブックが結構重い! 飛行機はシンガポール航空。正午発なのでチケットもらう時間(集合)は10時。8時の成田エクスプレスに新宿から乗る。そのため、朝6時すぎに家を出る。明日が気持ちが一番重い日だ。 |
| 2000/6/27 火 |
| さて準備は終わった。シンガポール乗り継ぎでチューリッヒへ着くのは現地28日の朝6時半。迎えに来てもらう友達にちょっと悪いがまぁいいか。久々のアメリカ以外への国際線だ。飛行機の中の雰囲気はどうだろう? とりあえず荷物を取られないように気をつけようっと。 |
| 2000/6/27 火 |
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地元の駅まで歩いて5分。その間にかばんを2回開け、忘れ物がないか確認。新宿より成田エクスプレス。なぜか今回は検札が回ってこなかった。成田空港でスイス・フランに両替。初めて手にするスイス・フラン。色鮮やか! ところでシンガポールのスチュワーデスさんはなぜきれいにみえるのか、それはやはりあのユニフォームだろう。体のラインがしっかりわかるのがいいのだろうと勝手に思いこむ。席を窓側より通路側にしとけば良かった。席の目の前に小さいモニターがある。それになんと任天堂のゲームまであるのだ。やらなかったけど。 シンガポール空港へ着く。生まれて初めてのシンガポール。ターミナルにはきれいなお店がたくさん! しかしチューリッヒ行きへの待ち時間はなんと6時間以上。さすがに気が遠くなる。まぁ、でも座っていろんな人種を眺めるのは楽しい。試しに Coconut Juice なるものを飲んでみたらまずかった。ココナッツってまずいのだ。多分。 |
| 2000/6/28 水 |
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チューリッヒへ向かう途中、午前4時半ちょうどトルコ上空、きれいな日の出が見れた。やはり窓側で良かった。 スイス入国。ここでは入国のスタンプが押されない。なんか不思議。友達はなんと空港で働いているとかで、荷物受け取り前に目の前に現れた。彼女と会うのは3、4年ぶりか? もうちょっと経っているか? 彼女は日本人でスイス人と結婚しているのだ。チューリッヒ空港から車で20分ほど、Uster というところに住んでいる。すごく静かないいところ。参った。家の中もきれい。参った。 昼寝を少しして、シュタイン・アム・ラインへ。彼女の子供も同行、連れていってもらう。ここはドイツ語圏。レストランのメニュー見てもほとんどわからない。もちろん英語は通じるのだろうが、ドイツ語を喋る友達に全部任せる。ライン滝を見る。滝っていうのはなるべく近くで音を聞かないとさっぱりおもしろくない。小川のせせらぎもいいが豪快は滝の音もなかなか。 Migros というスーパーへ。さすがスイス。いろいろたくさん売っている。 夕飯はチーズ・ラクレット。チーズを溶かし、じゃがいもの上にのせ、塩入ガーリックなどをかけて食べるのだ。今回の旅行で一番良かった食事かもしれない! チーズがあんなにおいしいものだとは・・・・。 ところで日が暮れるのがやはり遅い。9時半頃になってやって暗くなる。自転車で子供に連れられ近所を探索。住宅地でもあるのに、牛や馬が割とたくさん。いいとこ来ました。 |
| 2000/6/29 木 |
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やはり目覚ましより早く起きる。子供とダンナさんはそれぞれ学校と仕事へ。友達とハイジの里があるマイエンフェルトへ。さすがに日本人が多かった。「ハイジの泉」というのは車で行けるところにあったので彼女もびっくり。 本格的なハイキングコースが始まるところで、夕方から仕事がある友達と別れる。ちなみに日本から持ってきたカメラが前日壊れ、友達にカメラを借りている。登山道という感じではない。車も通れるようになっている。でもホント限られた人しか入れない。天気が良くないのが登山にはちょうど良かった。シーズンちょっとはずれているせいか、歩いて視界の中に人が入ってこなかったが、日本人らしき女の子2人組と白人のカップルが前の方を歩く。 急に山が開ける感じになり、牧場が多くなってくる。おじいさんの家は割とあっという間だった。アニメの家とはちょっと違う感じ。ホントここなのかなぁって。ちょっとするとおじさんがやってきて、鍵をあけている。ここに夏だけ住んでいるルイスさんって人。家の中を見せてもらった。日本人が何人かいたので、日本語で「疲れた?」なんて聞いてました。ちなみに家の中は狭苦しい。やはりアニメとは違う。 午後7時までチューリッヒ空港に戻る約束だったので、さっさとおじいさんの家を去り、ハイキングコースの長い方のを継続。ほぼ下りのみだったので休憩なしで一気に下る。でもひざが痛くなり、途中からかなりゆっくり歩く羽目に。小さい頃、長野で牛に追っかけられた覚えがあるせいか、牛に睨まれるとこわい。今回も何頭かが威嚇してきた。いかにも襲ってきそうだったので全速力で逃げる。バカみたい。 遊歩道、家並み、牧場みんなきれい。何時間でも歩けそうだ。これだけきれいにすれば何回でも観光で来るはずだ。さすがスイス。Jenis という村はとてもきれいでした。 ふもとのハイジショップの前あたりのベンチに座っていると、さっき私の前を登っていった日本人女の子2人組が再登場。どちらからともなく話かけ、2人は私を挟んで同じベンチに座る。大阪の人なのだが、アメリカのボストンからこっちへ来たとか。同じ時間の列車に乗るってことでチューリッヒまで一緒に行きましょうということに。 二人はいわゆるバックパッカーで予定がたいして決まってなく、それに彼女達もスイスへ来たばっかり、まだどこへも行ってないとかで、明日ユングフラウヨッホへも一緒に行くことを決める。それだけでなく、私は私の友達にも紹介したくなり、また彼女の家の凄さも見て欲しくなり、2人を私の泊まっている友達の家にまで招待する。ってなわけで、マイエンフェルトからチューリッヒまでの車窓は全く覚えておらず。 話好きの私の友達はその連れていった2人を歓迎。ごはん食べたのにチーズをいっぱい出してくれてました。彼女達もスイスの一般の人達の暮らしを見れて喜んでくれたみたい。彼女達はチューリッヒ駅のそばのユースに泊まることになっていたので、そこまで送り今日はおしまい! |
| 2000/6/30 金 |
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モントルーへ私が行きたいため、今日は日帰りでなく、ユングフラウ見物のあと、ホテルを見つけるのが予定でした。大阪の2人を Uster の駅で拾い、つまり女3人と私とでユングフラウヨッホ目指す! 天気が大変良く、やはり私は雨男ではないのを再確認する。そんなわけで登山電車で上へ上へ。右左どこ見ても絵になる。また電車のゆっくりさもいい。上まで来た。なんと雪があり、すごくまぶしい。目があけられないほど。ちなみにサングラスは持ってない。少したてば慣れるだろうと思ったがほとんどダメ。写真でも目が細く写っているに違いない。ちなみに私は半袖半ズボン。回りはみんな暖かそう。でも雪のところは気持ち良かった。 下に降り、インターラーケン東駅で泊まるところを4人で探していると、お姉さんが寄ってきて、「私のホテルへどうぞ!」と。こっちの友達が泊まるところまで行くというので、そのお姉さんのヴァンには乗らず友達の車でそのホテルへ。良かった、ちゃんとしたところだった。窓からの眺めも良し。私の友達は帰っていき、3人で食事する。私は本場イタリア風のピザ。ここへ来てずーとチーズ三昧だ。 |
| 2000/7/1 土 |
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朝起きて外を眺めると山がすっきりくっきりトリニトロン。感動した。大阪の2人はまだ寝ているみたい。1人で朝の散歩に出かける。山中なので空気がおいしい。そのホテルは朝食付き。ホテル代安いのに豪華な朝御飯でした。パンから何からおいしくて、バックパッカーの2人は、たまにはいいところに泊まろうみたいなことを言ってました。 私の前からの予定、Spiez からパノラマ電車に乗ってモントルーへの日程に彼女達ものってくれ、Spiez に向かう。その列車の中、そばにいたスイスの子供達と仲良くなる。一緒に写真撮ったり、日本のガムがあげたりした。食べてくれたかな? パノラマ電車の車両はすごい。空も見渡せる。もちろんちゃんと窓も拭いてある。ユングフラウで感動しすぎたせいかか、それほど車窓から見える景色に感動した覚えはないけど、やはりきれい。とにかく車内が広々しているのが気に入った。 大阪の二人と出会ってなければ、昨日の感動ホテルには泊まってなかったし、写真もたくさん撮っていなかっただろうとか思うと、なんか不思議。彼女達も同じようなことを思っていたに違いない。ってなことで旅行は何が起こるかわからないのでおもしろい。 モントルーに着き、荷物を駅のロッカーに預け、レマン湖畔遊歩道を歩く。「レマン湖からレを取ったら大変だ」なんて言っても一人にはあまり受けず・・・。それはともかく、少したつとお目当てのクイーンのフレディ・マーキュリーの像が・・・。やはりあった。クイーンのカセットを持ってきていたのに、そこへは持っていかなかった。ちょっと失敗。とにかく写真を撮りまくる。ポツンとあるわけでなく、ちゃんとそれなりの場所に像はある。他の旅行者もたくさん止まって写真を撮っていた。後期の方の姿のフレディだ。タイツ姿が好きなんだけどな。 バスに乗り有名なシオン城へ。なんてことないといえばなんてことないのだが、なんてこといえばなんてことあるって感じのところでした。そこでカウベルと言っていいのか、「チロン、チロン」とハイジでお馴染みの、音が出るものをベルを買う。これだけでスイスを思い出すだろう。大阪の女の子の一人も買ってました。ちなみに女の子と言っても、27歳だったかな。間違っていたらごめんなさい。 結局、私はもう1泊”外泊”、彼女達もロザンヌへ行かずにここモントルーでまた一緒に泊まるということに。安いところが見つかり、でもこの日は3人一緒の部屋。ちょっと気兼ねしたが、彼女達はあまり気にしていなかった模様。 また遊歩道をブラブラ。今度は夕日+フレディの像だ。それが見えるバーで私は白ワインを。今回限りではなくまたここには来ようと決意! ちなみに彼女達はあんまりクイーンを知らない。これを機会にちゃんとしたファンになってもらわなければ。 |
| 2000/7/2 日 |
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また朝早起きして散歩。今朝は大阪の女の子のひとりが参加。なぜか朝のフレディも拝見。そのフレディの絵葉書は何種類もあり、確認できた分はすべて買う。ローザンヌで彼女たちと別れる。彼女らはパリへ、私はウスターの友達のところへ向かう。いきなり会って2日間ちょっとも一緒で何も違和感がなかった。「日本で会い写真を見せ合おう」というようなを約束し私はチューリッヒ行きの列車へ走る。 インド人10人の団体が列車に乗ってきて、大声でずーと喋っている。小さな子供もギャーギャー騒ぎ寝れもしなかった。 今日は日曜日。友達とダンナさんと子供と私、4人でチューリッヒの町中をブラブラ。ウスターってところにはウスター城っていうのもあり、そこに隣接するレストランで夕食。といってもまだ日は高い。チーズ・ハムの盛り合わせでお腹いっぱいだったが、何とかパフェも食べる。その量がまたすごい。値段も確かにそれなりにするのだが・・・。とにかくアイスクリームもおいしい。 ヨーロッパ2000決勝の決勝ゴールをたまたまライブで見た。ここはフランスでもないのに、ちょっとたつと外から車のクラクションを鳴らす音が聞こえてくる。
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| 2000/7/3 月 |
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こっちに持ってきたカメラが壊れ修理出したが結局なおらずそのまま戻ってくる。時計で有名な国だからこのくらいなおすの朝飯前だろうと思っていたがダメだった。ルーマニアやブルガリアでカメラを買うのは怖そうなので、チューリッヒ空港へ行く途中、同じオリンパスのちょっと新しい型のカメラを248フランで買う。 12:00 発のブカレスト行きはなんとかなり遅れ、結局午後2時にチューリッヒを離陸。 わたしにとって全くの未知の世界ルーマニアのブカレストに到着。ここが大都市の空港か?というほど小規模な空港だ。空港内は暑い。冷房代をケチっているように思える。心配していた入国は全く問題なし。空港建物を出ると、「タクシー?タクシー?」とお兄ちゃんがたくさん声かけてくる。市バスを見つけ、ブカレスト北駅へ向かう。バスももちろん冷房なし。この日は暑く、38度くらいあったとか。途中で違う市バスに乗り換え無事に駅に。 駅にはなぜか警察官がたくさん。パトロールというよりは、ただ時間を潰しているだけのように見える。ブルガリアのルセへ向かう列車はなんと23:55発。駅で5、6時間つぶすことになる。コーラを買い、炭酸水買い、駅構内のマックで食事、ブルガリアの友達へ電話などなど。ちなみにコーラの500ミリリットルが手元の計算で約60円ほど。マックも安かった。 ふと気が付くとまたディレイの表示がモニターに。結局午前1時過ぎの出発になる。 |
| 2000/7/4 火 |
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列車自体ものろいのだが、単線のところもあり、貨物車を待ち合わせたりもしていた。だけど意味のない停車が幾度と。もちろん何が原因で止まっているかなどアナウンスがあるわけではない。ひたすら待つ。ギュルギュウというルーマニア最後の駅で審査官みたいのが乗り込んでくる。午前4:34パスポートを持っていかれる。ビザちゃんと取っていったのにおかしい!と思ってとなりのノルウェイ人とかに聞くと国を越える人のみんなパスポートを持っていっていることが判明。そのまま取られちゃうのかと思った。約40分後パスポートはスタンプが押され無事戻ってきた。でもとにかく人の大切なパスポート見えないところへ持っていってしまうのはおかしい。ポーランドなどもそうらしい。さっきのノルウェイ人は4人組でビザを持っていないかなにかで、審査官にUS25ドル払えとか言われ口論になっている。ルーマニアのお金で払おうとすると彼らは受け取らない。自分たちのお金でなくアメリカ・ドルが欲しいなんて・・・。その口論にイタリア人らしき男がノルウェイ側につき参戦。結局20ドルくらい払ったらしい。列車は1時間半そこに停車後やっと動き出す。バックパックをしょった女の子2人が列車から降ろされ”連行”されていくのを見た。列車内で "This is a fucking stupid country" で盛り上がる。 すっかり夜が明け朝になっている。なんとルセに着くとその友達がホームで待ってくれていた。22歳の女の子を危ない駅で3時間以上も待たせてしまったのだ。ともかく、ICQで1年前に知り合った彼女とご対面。でもまだ列車の外には出れず、ブルガリアの入国審査官が来るまで外に出れないのだ。それが終わり外へ出、握手し、タクシーで彼女の家へ。駅で彼女はかなり怖かったらしい。ジプシーがたくさん寄ってきたらしい。 町並みも建物とかもあまりきれいではない。すごいところへ来てしまった。家の中に入るとちょっと安心。パソコンあるしテレビもある。高校時代からの友達で近所に住む女友達が来てルセの町中を散策。マクドナルドがあり、その彼女はそこでバイトをしている。ブルガリア語で「マクドナルド」と書いてある看板を写真に撮ったら、本当は写真撮っちゃいけないそうで・・・。なんだなんだ?? 夜の食事は割といいホテルにあるレストラン。バンド演奏もある割と本格的なちゃんとしたレストラン。食べ物がおいしかったのもいいが、なにせ安い。日本だと3人で8千円くらい払わなくちゃいけない雰囲気だったのに、US10ドル分のレバ(通貨)でおつりがきたのだ。ここなら遊んで一生暮らせそう。その友達は最近までギリシャへ3ヶ月留学していたとかでギリシャの話を聞く。彼女の英語はちょっとアクセントがあって聞き取りづらいがまぁなんとか。 |
| 2000/7/5 水 |
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ルセの町で一番高い?TVタワーへ連れていってもらう。昨日夜一緒に食事した彼女の友達も同行。両手に花である。とにかく私がブルガリアしてから暑くなったらしく、昨日だか今日だか最高気温43度にまでなってとか。40度以上は経験したことがなく、私はいい経験をしたのか? ともかくTVタワーの上の方は風があって多少涼しく感じる。ルセの町とルーマニアが見える。タワーまではタクシーで来たが、2レバ(US1ドル)くらいだった模様。 家に戻り、日本への絵葉書を書く。日本語を習っている彼女に一言書いてもらった。「滞在」の意味は知らなかったが、漢字を教えるとすぐかけるようになる。パンの上に溶けたチーズとサラミをのせたものを食べさせてもらう。なんとも言えないおいしさ。 TVタワーへも一緒に行った彼女はマクドナルドでのバイトが終わり、また寄ってくれる。あまりにも暑いので近くの喫茶店へ避難。ちなみにその彼女もタイトなミニスカートなのだが、喫茶店の店員さんもみんな同じようなミニをはいている。アンミラほど愛想は良くないがミニをはいている女性はみんなモデルのような歩き方をしているように見える。とにかく若い女性のほとんどがタイトなミニスカートをはいている。 その彼女も学生。家も近いのだが、近くの寮へも居るらしく、何かを取りに行くってことで、夜遅くなっていたので、その寮へ一緒に行く。街灯はきわめて少なく、足元はほとんど見えない。寮では女の子3人で1室だとか。もちろんバスルームもひとつで、「1部屋に女の子3人は大変だ!」と言っていた。こういうのは万国共通なんだな。 |
| 2000/7/6 木 |
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ネットで知り合った彼女は寝るのが大好き。1日10時間は寝ていたいと聞いていたが、やはりそんな感じである。旅行に来て午前中まるまるつぶれてしまうのはもったいないが、特別見るところもないのでのんびり過ごす。 またマックのお姉さんが登場、3人でルセの町中へ。その彼女はすぐマックでのバイトの時間。ちなみにここマックでもそんなに涼しくない。でも他の場所に比べるとかなりしのげる。でもマックはかなり高級なところなのでそんなに客はいない。 ドナウ川に浮かぶ船の上の喫茶店、ホテルの喫茶店、公園の日陰などでとにかく暑さから逃げる。 バイトを終わったお姉さんとまた合流。3人で中華レストランへ行く。餃子、炒飯、春巻き、野菜炒め、中国茶、どれもイマイチ。けど久しぶりに漢字のメニューを見てなんかほっとする。英語のメニューもあってそれを私には渡してくれたのだが、中国の漢字があったメニューの方がわかりやすかった。3人でおもいっきり食べてUS$10ほど。やや安い。 |
| 2000/7/7 金 |
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彼女の学校のあるヴェリコ・タルノボへ行くってことで、数少ない列車に乗るため、また涼しい時に移動しようってことで朝4時半起き。だが彼女が「眠れなかった」とかで明日に延期。もー、せっかく朝早く起きてシャワーまで浴びたのに・・・。 彼女が眠っている間、一人で近くのマーケットへ行ってみる。スーパーマーケットと言ってもいいのだが、半分屋外である。この日も暑くだるいが、こういう観光者が絶対来ないところを見るのは楽しい。日本人はやはりかなり珍しいらしくジロジロ見られた。商品の金額は数字で書いてあって読めるのだが、キリル文字は読めない。全く読めない。 彼女の隣りに住む4、5歳の女の子がなんとドラえもんのシャツを着ていた。私も吉祥寺で買ったはいいものの日本では恥ずかしくて着ていなかったドラえもんのTシャツを持っていっていてその日着ていたのだ。その彼女のシャツのドラえもんはちょっと怪しいドラえもんだったので、日本から本物のドラえもんのシャツを送るよと約束。ちなみにドラえもんはここブルガリアではアジアほど知られてはいない模様。 |
| 2000/7/8 土 |
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午前6:25発ソフィア行きに乗りタルノボへ向かう。右を見ても左を見ても何も建物がない車窓が続く。目に付くのはひまわり畑だ。ひまわりもさすがにこの夏の太陽にはまいっているように見える。でもとにかくきれい! 今でもかなりその光景が強く頭に残っている。 彼女の学校の寮へ。夏休みのため誰もいない。なんとシャワーと便器の間に仕切りが何もない。便器に座りながらシャワーが浴びれそう! シャワーをするとトイレットペーパーがびっしょりになったりする・・・。日本でやはりICQで知り合っていた同じ学校で日本語を習っている学生の男の子に会う。男の子といった雰囲気はなく、イギリスのフーリガンみたいな容姿。でもやわらかい話し方をする。おみやげに頼まれていた日本のコンドームを渡す。どれだけ日本のが小さいか興味があったようだ。「これだけで足りるか?」「イヤ、すぐ無くなってしまうよ」なんて会話を・・・。 昼寝をしてから彼も一緒にタルノボの町を散策。ブルガリアではバラの産地でも有名らしいので香水を買う。ルセよりは観光地であり、両替するところもたくさんある。ここも冷房の効いたところがほとんどない。暑い、ほとんど喫茶店のはしごになる。彼は合気道をやっていたが、足の骨を折りそれからやめてしまったそうだ。 学校の生徒もしくは先生でないと利用できないというレストランで食事。余計に安い。さっきの彼は彼の親友が交通事故に遭ったとかで、一緒にゴハンは食べれず。ウェイトレスさんがとても可愛い。黒髪に黒っぽい肌(トルコ風)、大きい目に大きめの口、それでいておとなしめ。一緒に写真撮りたかったがさすがに恥ずかしかったのでやめといた。日本を出てからほとんどレストランでの注文は友達にまかせっきり。楽でトラブラないのでいいが、なんか旅をしている雰囲気があまり出ないような。 |
| 2000/7/9 日 |
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ブルガリア最後の日である。次の目的地トルコへの飛行機はブカレストからでそれは10日なのだが、10日の列車に乗って何時間かかってブカレストに着くかわからないので、余裕をみて1日前にここを発つことを決心。タルノボ駅で彼女と最後の食事。とにかくネットで知り合ったっていうのに信じてくれて泊めてくれたりガイドしてくれたことに感謝する。彼女とルセまで一緒に戻る。私はそこから引き続きブカレスト行きへ乗り続け別れる。今朝日本語で書いたお礼のメモを彼女に渡す。 そのイスタンブール発ブカレスト行きはやはりのろのろ。なぜか時々わけもなく止まったりする。なにか理由があるのだろうがそれが見当つかないのだ。この旅行で一番不安だったルーマニアへの2回目の入国。若い審査官がパスポートを調べにきた。これからの旅行先など聞いてくる。「現金はいくら持っている?」と聞かれ、「400ドルくらいです」と言ったら財布を見せろと、ここで答えてしまったのもバカだが財布を出してお金をカウントさせてしまったのもバカだった。500ドル以上入っていて、「なぜ余計に入っているんだ?」と聞いてくる。「あーひっかっかってしまった」と思った。私のパスポートは彼の手の中。口論の末、その余計の100ドルを素直に俺にくれればすぐパスポートを返してやるってことになってしまった。最初持っていたお金の全部が彼の手の中にあり、そのほとんどを返してもらったことや、とにかく暑いし早く列車を動かして欲しいってこともあり、それで納得してしまったのだ。こういう話はさんざんあらかじめ聞いていたが、対処できなかった。ちょいと情けない・・・・。 とにかく入国できた。これでトルコにも行けるだろうし日本にも帰れるだろうとちょっと安心。でも列車はまた駅でも何でもないところに3時間ほど立ち往生。国内列車が我々を追い越していく。なぜだなぜだ?? どこかが故障しているのでもなさそうだ。明らかに外国人への嫌がらせとしか思えない。「もう2度とこの国に来るなよ」と印象を与えたいかのようだ。また普通に行けば2時間のところをまた6時間以上かかってブカレスト北駅に到着。ここへは何日か前に来たので懐かしい。 駅の売店で炭酸水とコーラを買い、マックでビックマックをのみを買い、駅の目の前の安いホテルにチェックイン。フロントのお兄さんはニコリともせず、1泊12ドルってことを示し、鍵をくれる。パスポートをまた預けさせられる。日本のルーマニア大使館もそうなのだが、平気で他人のパスポートを預かるのだ。日本のルーマニア大使館のやり方でルーマニアが最悪の国だと気が付くべきだった・・・。ちなみにホテルのフロントのお兄さんはゲイリー・オールドマンそっくりであった。部屋まで紹介してくれた男は、別れ際、「いい女がいるんだけど買わないか?」みたいなことを言ってきた。いくらなのか興味はあったがそんなことは聞かず "No thank you, no thank you...." と。 |
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| 2000/7/10 月 |
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ブカレストからイスタンブールへの飛行機は午前11時ほど。朝早く起きてちょっと悔しいけど市内観光してやる。チェックアウト時にちゃんとパスポートは返してもらう。良かった。中央広場、革命広場、旧共産党本部などのあたりをブラブラ。かなり汚く古いが路面電車が割とひっきりなしに走っている。町中はそれほど危ない雰囲気は感じない。町並みはきたないが通りを歩く人々はかなりいい服を着ている。少なくともブルガリアよりはいい。朝食はまたマックへ。ちなみにパンケーキなど朝食メニューはなかった。空港へそのままいく”783”番のバスを見つけそれに乗り込む。空港でチェックイン。トルコ航空利用。チェックインでは久々にきれいな英語にふれる。 飛行機の上から黒海を見る。イスタンブールの町並みもとてもいい感じ。飛行機の中は ルーマニア人とトルコ人が多いのだろうが、ルーマニア人の顔はでかい。バカでかい。 イスタンブール空港はとてもきれい。まぁどこの空港も競ってきれいにしているようだ。 イスタンブールから友達のいるアンタルヤへは同じくトルコ航空利用。入国の際、他の人はみんなビザの申請書みたいのを書いている感じだったが、日本人は要らないのでまっすぐ審査官へ。その彼、日本人のパスポートと確認するやいなや私の手を両手を使って握りしめてきた。ははは、こんなことは初めて。やはり公の人にこういう祝福を受けるとうれしい。もしかしてアンタルヤでは日本人の入国は珍しいのかもしれない。ほとんどイスタンブールだろうし。彼は冗談で「ビザは持ってないのか?」って。US200ドル分をリラに替えて出口に向かう。 出るとすぐ声をかけられ、すぐそのトルコで日本語を習っている彼女とわかる。彼女のお母さんも一緒だ。車で家に向かうがとにかく暑い。長いジーンズをはいているせいもあり汗びっしょり。 彼女には浅草で買ったユカタをプレゼント。喜んでくれた。おみやげをあげると早速食事。こちらの人は紅茶を飲むが、その紅茶がやけにおいしい! 食事が終わるやいなやなんとビーチへ向かう。私は一眠りしたかったところだが、彼ら(母親が一番のビーチ好き)がどうしても行きたいらしい。ちなみに同じくそこに住む彼女の2歳上のお姉さんも一緒に。夢にまで見た地中海、とてもきれい。塩っ辛い! 行きつけのビーチらしく、彼女たちの友達やらがどんどん寄ってくる。 お母さんの両親も近くに住んでいるというので訪ねていく。みんななんだか快く歓迎してくれる。スイカが出てき、「日本では塩をかけて食べたりもする」というとかなり驚かれた。ちなみに韓国ではスイカに砂糖をかけるそうだが・・・・。そんなわけで今日は何人の人と会っただろう? また頬を片方ずつ合わせるトルコ式?あいさつの仕方もマスターする。 |
| 2000/7/11 火 |
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そのネット友達とお母さん、お姉さんと一緒に近くに滝見物。その後彼女の男友達を拾いさっきのよりずーと大きい Manavgat Waterfall というところへ。トルコの代表的な歌手で日本語でも歌ったりする Baris Mancho の "Live In Japan" を車の中でかけてくれる。日本でも有名らしいが初めて聞いた。 "Ayran" という飲み物がおいしかった。聞くと、ヨーグルト、水、塩だけらしい。まぁ確かにそういう味なのだが、すごくおいしい。最初は不思議な味だったが結構いける。 シデの遺跡というところとアスペンドスっていう大きなコロシアムを見物。観光らしい観光を今日はする。しかしこの辺は車がないと観光できなさそう。なので助かる。ちなみに運転はずーとお母さん。ビーチ好きなので色は真っ黒。ビーチでもほとんど日向に居るのだ。お母さんは英語を喋らないので直接話はできないがすごくいい人なのはわかる。 家に帰り、麻雀に似た、トルコの麻雀のパイに似たものを使うゲームを教わる。麻雀に比べれば子供のやるゲームだがなかなか勝てない。Turkish Coffee を飲んでみる。これはあんまりおいしくない。飲んだあと、粉が口の中に残る感じ。それがいいのかもしれないが、でもイマイチ。ガイドブックではおみやげに最適とあったが、そうでもないなぁと・・・。 |
| 2000/7/12 水 |
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彼女の家にお世話になっているのはいいが、なにせ彼女や彼女のお姉さんは朝の4時や5時になって寝るのでほとんど午前中は何もせず、というか大きな動きがとれない。てなわけで暑い中、一人で散歩に出かける。八百屋のおじさんに声をかけられ、「日本にもスイカはあるか?おいしいか?」みたいなことを聞いてくる。小さい桃をひとつタダでもらう。牛乳を買って飲んでみた。まずくなかった。 ビーチ大好きのお母さんはすでに車でビーチへ行っているため、姉妹と私はドルムッシュというバスでビーチへ。このアンタルヤのビーチはいわゆる砂とは言い難い。特に波打ち際は丸い石がゴロゴロ。それもいろんな色の石がある。水によって丸くならない種類の石もあり、眺めていたら記念も持ち帰りたくなり、ビーチにいた5、6時間のうち最後の1、2時間は石拾いにあてる。麦チョコにそっくりの色は形のものもあって感動! 夜の食事はアンタルヤの町中へ出かけていき食べる。アンタルヤ湾の夜景はきれいである。バーやらディスコやらおみやげ屋やらなどもたくさん。生バンドの音楽を聞き、飲めて踊れるところへ連れていってもらう。そこのトイレでおしっこしていると隣りでしていた現地のおじさんが英語で話しかけてきた。彼には従兄弟となぜがアイルランド人の友達がいた。友達グループと少し離れ、そのアイルランド人のいるところで飲み出す。もちろんおごってくれた。俺は貧乏くさく見えるのかな? |
| 2000/7/13 木 |
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アンタルヤからデニズリというところまで車で移動。デニズリに家族の家があるのだ。アンタルヤのはいわゆる別荘である。行く途中レストランで食事。食べ終わるとお店の人がローションみたいのを手にかけてくれる。聞くとレモンオイルで、お店の人のお客さんへの感謝の意味だそうだ。手の平にかけてもらいそれを自分で手にすりこむ。ベトベトはしない。それにいい匂い。これをおみやげに買おうと決める。 デニズリの家に着くとその近所に住む彼らの友達で荒井注に生き写しの人が現れる。車のディーラーをやっていて、英語は喋らないが、「ニッサン」「ミツビシ」「イスズ」とかいろいろ言ってくる。その彼のお宅にお邪魔すると、奥さんがめちゃくちゃ美人。この夫婦と友達の家族で夜中まで飲み食いする。ラクというトルコのお酒を飲んでみた。透明なのだが、水を入れると白くなるのだ。かなり私には強かったがおいしかった。体のツボのことを話すとみんなそれぞれ体中を手で押したり揉んだりしてた。荒井注は肩もみが気に入ったらしく、手が疲れるまでやってあげた。 |
| 2000/7/14 金 |
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前日初めて顔を合わせたネット友達のお父さんの勤めるバスタオルやバスローブを作る工場を見学しにいく。お父さんはその工場でかなりの上役。秘書の女の子が私を気に入ってくれたらしく、微笑んでずーと私を見ている・・・。「日本へ帰るときに私も連れていって下さい」みたいなこと言っていたらしい・・・。半分冗談であろうが。町中へ行くとその工場で作られたものを売っているお店へ。なんとバスローブとビーチタオルをプレゼントしてくれるというのだ。しかも自分で好きなのを選んでといいとのこと。紫のバスローブと派手な黄色のバスタオルとサクランボのエプロンをもらってしまった。 夜はトルコ1だかの有名なキノコのレストランへ。ほとんどマッシュルームなのだが、それなりにおいしかった。でもそこへ行く前に喫茶店でティラミスのケーキを食べてしまっていてあまり食べられず・・・。 その夜も荒井注夫婦と飲み会。あちらの人は話すと止まらない人が多い。そういう家系だと、本当に終わるまでが長い。それとタバコを吸う人がかなり多い。喫煙率を調べれば韓国や日本といい勝負かもしれない。 |
| 2000/7/15 土 |
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わたしの寝かせてもらっている部屋のステレオの上に懐かしきルービック・キューブがある。昔はあんちょこを利用して6面までできたが、やはりそのやり方も忘れ、2面止まり。 お姉さんが作ったスープを頂く。これがなんと変わっていて美味。スープの素を買いたいというと家にあるのを半分以上くれた。さすがお金持ちはなんだか気前がいい。 お父さんの知り合いが経営しているというパムッカレのそばのホテルへ家族共々泊まりに行く。そこには温泉プールがある。しかしなんだかお湯は汚く見える。掃除をしている感じは全くない。しかし、ミネラルで緑色になっているので不清潔ではないという。みんなも平気で中に入って泳いでいるので私も中に。底がヌルヌルして多少気持ち悪いが招待されていることもあり、また死ぬことはないだろうと笑って我慢。 団体さんがホテルへやってき、トム・クルーズそっくりのガイドはある湯船を差し、「 ここは60度あります」と。うそばっかり。60度もあったら入れない。せめて41度くらいだった。トルコ人はかなりハッタリで生きている人がいる。そのガイドは自分でも 自ら「うそつき野郎」と言っていた。「ガイドになってどれくらい?」と聞くと、「3年」。「じゃあ3年間もホラ吹きっぱなしなんだな?」とたずねると、笑って「その通り」と・・・。 プールの中である4人家族と友達になる。両親は二人とも高校の先生。20歳の息子と18歳の娘。かろうじて英語が話せるのがお父さんのみ。でもみんなニコニコして一緒に話す。ちょっと怪しい40歳ほどのスウェーデン在住のレバノン人がやってきた。彼はきれいな英語を喋る。ちょっと前に離婚したとかで早速その18歳の娘さんに少々見とれている。とにかくレバノン人の顔を合わせるなんて初めて。話が合い、彼と同じテーブルで食事したりする。彼は「旅でいろんな人と出会うが、結局そこだけで終わってしまうのが悲しい。」と言っていた。確かに確かに。彼とも住所・メールアドレスの交換する。私は日本に来たら女性を紹介しようなんていい加減なことも口走る。 またオランダのロッテルダムに住む、まだ結婚せずに同棲中のカップルとも仲良くなる。ぜひ遊びに来いと言ってくれた。女性の方は南アメリカのスリナムの出身だという。道理でちょっと顔が違った。まぁいずれにしろインターナショナルな日であった。 |
| 2000/7/16 日 |
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世界遺産にも登録されているパムッカレの石灰棚に連れていってもらえるってことだったのだが、今日になってもなぜかその様子なし。ちょっとイライラ。 プール際、食事するところでもあるのだが、そこで家族のイザコザ。お父さんがお姉さんの顔めがけて携帯電話を投げつけた。雰囲気がなんとなく悪くなり、私もホテル内にずーといたので散歩に出かける。すると日本人っぽい写真の撮り方をしている男女を発見。話しかけるとやはり日本人であった。学生でベルリンに留学中とかで夏休みを利用して海外ブラブラしているとかいうことだった。多分。彼らもいわゆるバックパッカー。トルコ内はバスで移動しているとか。最初は男2人女2人で旅行していたそうだが、1人ずつリタイアしてしまったそうだ。それも水かなんかがお腹にあたりひどくなりとかいうことらしい。彼らは暇そうだったし、私のこっちの友達に日本語を使わせる機会にもなるかなってことで、彼らをホテルまで連れていく。「すごく良くされているから、食事くらいは出してくれると思うよ」って感じで。トルコでは友達の友達はみな友達。私の連れてきた日本人をみんな快く歓迎してくれた。その学生さん達もその歓迎ぶりにちょっとびっくりしていた模様。 昨日出会った両親が高校の先生の家族がまた来る。もしかして私に会いに来てくれたのかもしれない。その子供達とプールの中でバレーボールしてまた遊ぶ。その18歳の女の子は大人しいのであるが、全然人見知りせずにニコニコ笑ってこんなおじさんとプールで遊んでくれるのだからうれしい。 さっき来た日本人の学生2人は赤いチャーハンみたいのを食べ、プールのお湯チェックしたりして過ごして帰っていった。こっちの友達が彼らにまた会いたいとかで、「明日電話してください」とメモを渡す。 この日はなんだかんだで夜までホテルに居続ける。なにせあちらの家族まかせなので、予定がよくわからない。ホテルで食事。ノルウェイから来た人と話をする。北欧の人は割とわかりやすいいい英語を話す。かえってイギリス英語よりは聞き取りやすいかもしれない。30代の男2人に可愛い小さい9歳の女の子が1人。その2人の男性はめちゃ背が高い。190センチに203センチ。203センチの人には204センチの兄弟がいるとか。日本車はノルウェイでも人気だけど、ちょっと日本車は小さすぎるって。その二人の間に立ち写真を撮って今日はおしまい。 |
| 2000/7/17 月 |
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日本への出発は18日。まぁ今日がトルコ最後の日と言ってもいい。パムッカレに一人で行こうと思ったが、やはりここまで良くしてくれている家族と一緒の行動をすることにする。デニズリの町でCD、Tシャツ、絵葉書、紅茶のカップの下にひくお皿などを買う。またトルコ語−日本語の小さい辞書も買う。 お昼過ぎ、昨日の日本人の学生のカップル(といっても彼らは付き合っているわけではない模様)と合流。荒井注そっくりのおじさんの経営するお店、彼の友達の経営する大理石を加工する工場を見学させてもらう。まずはその前にお昼ごはん。その荒井注のおごりである。何も注文しないのにアユランとペプシコーラが出てくる。かなりよくお店に来ているようだ。 荒井注のところは凄かった。車のショールームは日本並みのきれいさ。大きさは日本のところよりも大きいだろう。修理工場もついている。そして、社長室と言っていいのか、彼の部屋は豪華絢爛。失礼だがトルコとは思えなかった。社長室の隣には彼専用の寝室とバスルームまでついている。とんでもない人と友達になってしまった。 その後、お母さんの運転で大きいモールみたいなところへ行く。そこにスーパーマーケットがあったのだが、アメリカでも見たことないような大きな所だった。棚と棚の距離がかなり広い! 横浜にはアメリカの真似したようなところがあるが、ここにもあったが、規模的にはアメリカをこえているかも知れない。こんなところがトルコにあるとは夢にも思わなかった。しかし、車を持っている人しかこれないようなところにあり、客は少なかった。 学生さん達は夜のバスでイスタンブールへ向かうとのこと。家族は彼らを家に招待。ぎりぎりまで飲み食いする。私のトルコの最初の日に歓迎してくれたレベルで食事やらが出される。ちなみにその彼らもトルコ語はできない。時によって、かえって言葉は邪魔になるのかもとか思ったりもする。特に食べ物をみんなで食べる時は同じ言語を喋らなくても困らない。 トルコ最後の夜、やはり1週間近くも一緒に居たみんなと別れるのがちょっとつらい。 夜中はその姉妹とトランプして遊んだが、イマイチはしゃげず。 |
| 2000/7/18 火 |
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とうとう日本へ帰る日。夜中トランプが終わったあと、その姉妹に手紙を書いていたので自分で起きれず、妹の方に起こされる。デニズリの空港はかなり遠く、町中の空港バスの乗れるところまでお父さんが送ってくれる。 飛行機でまずイスタンブールへ。ここでまたおみやげを買う。やはり空港だけに少し高め。小さいトルコの国旗とTシャツ買う。出国審査もやはり私が日本人ってことでちょっと話を。イスタンブールは結局空港のみ。今度は少なくともここへ2、3泊はして観光らしい観光をしてみたい。 飛行機はシンガポール行き。ドバイを経由する。ドバイってどこの国? 空港に着いてやっとUAEであることが判明。恥ずかしながら・・・・。飛行機の中から見た町並みはかなり他の国とは異なる。薄汚れた四角い白い建物ばかり、派手な看板やネオンなど見当たらず。やけに興味をそそられる。空港内には体まるまる黒、目だけ出している女性がたくさん。その神秘性にもなにかそそられる。また、あちらの字は全く読めない。みみずがはっているだけだ。魔法のランプを発見。日本円で300円くらいなので買った。それと、アラビア語で歌われているだろう曲の入ったCDも。そのCDの中には1曲30分もある曲もある。 ドバイからシンガポールへ。行きと違い、今回ここでは2時間ほど待つだけ。早朝なのでまだあんまりお店が開いていなかったがドンドン開きだす。シンガポールのスチュワーデスさんが来ている服と同じ模様のはいったテーブルクロスみたいのを買う。これでそれを見ればきれいなスチュさんを思い出すだろう。この国ではタバコの投げ捨てが禁止なのは知っていたが、つばを道端に吐くのもダメらしい。そんなことを父親が子供に教えているところを空港内で見た。ここへもいつか遊びに来たい。 シンガポール−成田はガラガラではないがあまり混んでいず。隣りに座っていた人はどこか別の席へ移動。まるまる一列(3席)空いたので楽だった。「食事の時間ですよ」ときれいなスチュワーデスさんに2回も起こされる。やはりきれいな人に起こされると気分がいい。ちなみに機内で「ポストカード下さい」というとくれる。2枚で1セットだが、3セットもくれた。そして、書いてそのままスチュさんに渡すとあちらで無料で出してくれるのだ。日本から海外までは切手代110円とかかかるのでかなりお得です。みなさんももらって機内で書いて出しましょう! |