Diary from Seoul #1 #2

はじめに・・・原文は、ソウルから日本人の親しい複数の友達へ出していたメールでありまして、ここに載せるにあたり、少々個人名を伏せたり、地名を修正したり、後から手を加えているところがあります。写真はクリックすると大きくなります。
ソウル旅行情報サイト

2001/2/1 木
こんにちわ。 明日の17:35、ユナイテッド881便ってやつでソウルへ行ってきます。
途中、空中でJALの飛行機とぶつからないようにして欲しいです。
約3週間の滞在の予定。

パソコンがないので、メールチェックはPCルームという、
インターネット・カフェみたいなところへ行ってします。

不定期的になると思いますが、そこから旅行記を送ろうと思ってます。
複数人に同じ物を送るのでそれなりの文体になることでしょう。
もちろんBCCで送るのでご安心を。

もし、そんなメール要らないってことでしたら、連絡下さい。

こちらへのメールは読むでしょうけど、ゆっくりと時間がないと
思うので、いつものような返事は書けないと思います。
とにかくメールは来ているとうれしいので、返事を期待しないで、
出して下さい。よかったら。

1通目はいつになるかわかりませんが、お楽しみに。


2001/2/2 金
飛行機の中で隣に座った韓国人の女の子と仲良くなりました。
彼女は友達を訪ね、アメリカの Maryland まで行っていたそうで、
その帰りでかなり疲れていたようですが、なんかいろいろ話してくれましたよ。
名刺渡したら、携帯の番号教えてくれました。

その夜は日本語先生をやっている友達の生徒さん、といっても社長さんで、
その彼の奥さんがやっている韓国風の料理屋?へ連れていってもらいました。
なんとほぼ韓国料理のフルコース。それもおごってもらってしまって・・・。
お腹がいっぱいで爆発しそうでした。

2001/2/3 土
板門店へ行く。そばに国連軍のキャンプがあり、懐かしい米軍基地の雰囲気。
とにかくここはソウルへ来たら必見ですよ。
この日のことは長くなるのでここで終わり。


2001/2/4 日
Osan米軍(空軍)基地で働く友達と連絡がとれ、急遽そこへ電車で向かう。
横田から買い物しに来たとかいう人やらとも話したり、あちらの下士官クラブへも
行ってなんだかここも懐かしい雰囲気。それはともかくデザートストームのときに
活躍したあのパトリオット・ミサイルの発射台がいくつもあり、そんなものを
見れるとは期待してなかったのでやけに感激。

基地の外はほぼ歓楽街の雰囲気ただようところ。その友達に連れられフィリピン人
ダンサー踊るバーへ。夜遅くなるとダンサーは脱いでくれちゃうそうで・・・。

 写真は基地へ行く前に訪れたソウルのどこか・・・

2001/2/5 月
「シュリ」で使われた階段のある、あの3人が待ち合わせた場所を写真に撮る。

韓国人のICQ友達と初対面。まだ大学生の女の子なのだ。
あまり人見知りしないようで、かなり楽しく過ごせたであります。
夜、ソウルタワーへ行ったらきれいでした。そこも必見。


 ワールド・カップは日本でも行われます

2001/2/6 火
今日は、お金節約、エネルギー充電のためにどこへも行かずメールチェックなどなど。

・・・・・・・・・・・ おいしいものとか、地下鉄のこととか来て気がついたこととかたくさん
書きたいけど時間がないのでこの辺で。

ひとつ、イテウォンってところに行ったら、
「100%ニセモノあるよ。買わない?」という呼び込みばっかり。
50%ニセモノと100%ニセモノはどう違うのか???

なお日本語OKなので、メールは日本語で書いてもらっていいですよ。

ハングル文字はさっぱりわからん。

日本でゲットしていった携帯はかなり活躍!!
どこのインターネット喫茶に来ても人がいっぱいなのだ。すごい。
こいつら家で自分のがないのかな?
アメリカのお店で日本にはなくて韓国にあるうちのひとつ


2001/2/7 水
まず帰る日をのばしました。ロッテホテルの前のあたりに
ユナイテッドのオフィスがあり、そこへ直接出向き24日から28日に変更。
本当は3月1日がよかったんだけど、その日の便はいっぱいらしく・・・。

とにかく風が強く寒かったです。アメリカのシカゴを思い出しました。

恵化っていうところで違うICQ友達と会いました。
彼女が2人友達を連れてきたんですけど、みんな日本語がめちゃ上手で、
「さいとうさんはぷー太郎ですか?」なんて聞かれちゃいました。
3人は毎週日曜日に3時間ほど日本語を同じ学校で習っている仲間らしいです。

東大門で念願の金色のフォークを見つけました。小さいのは日本でもどこでも
売っているんですが、大きいのはアメリカにでさえ売っていなくて・・・。
買ったのはタイ製。

キムチや焼き肉のような食べ物だけでなく、スナック菓子もかなりおいしいです。
たまりません。おみやげ欲しい人は今のうちに言ってくださいねー。

2001/2/8 木
初日にごちそうしてくれた友達の友達のお金持ちのおじさんに
ソウルから車で南へほぼ1時間のところにある韓国民族村に
連れていってもらいました。

なにか遠足で来るようなところらしく、学生やら、
また幼稚園の子供たちがたくさんいました。

こちらの昔の家にも「縁側」があったみたいです。
まぁ今でもあるところにはあるんだろうけど、
なんか日の当たった縁側を見るだけでなんとなく心が和みます。

お昼は鶏が丸々入った・・・名前忘れてしまった・・・のスープを
食べたんですけど、めちゃめちゃおいしかったですよ。とにかくスープが
最高。韓国というとキムチとか焼き肉ですけど、スープのおいしさには驚いてます。

それと生姜をあげて砂糖をまぶしてあるお菓子を食べました。
これは不思議な味、まずいんだか、おいしいんだか判断がつかない味。
ともかく体には良さそう。

ところでその民族村はこちらの「時代劇」ドラマでよくロケに使われるとのこと。
昔のえらい人はヒゲをはやしていたことがあったみたいだけど、
今はヒゲは目上に会う人に対してはかなり失礼みたいです。
ほとんどヒゲの人はいません・・・。驚いた。

夕方はコーエックス・モールというところへ行きました。
もう洗練されたきれいなところ。広々としていてすごくいいかんじ。
キムチ博物館とか水族館とかいろいろあるみたいですけど、
また後々に行くことになるでしょう。

そういえばそのモールの中に大きい本屋があって
かなりたくさんの日本の本が置いてありました。
ところで”clamp”って漫画家は有名なのかな? 日本人??

今ソウルは雪がちらついてます。寒い寒い。

 鬼さん?の写真はきれい撮れました、要クリック!


2001/2/9 金
午後2時に別のICQ友達と会う。彼女は高麗大学の学生なので、
あの新大久保駅で死んだ彼と同じ学校だ。
彼女は恥ずかしがり屋プラス日本語も英語も中途半端なので、
日本語を専攻していて幼ななじみという友達も連れてきた。

インサドンのお茶やさんで歓談。ほとんど日本語を使って会話。
テーブルが5、6個しかない小さい喫茶店で日本語が響いていた。

タワーレコードがあり、そこでフィンクル?っていう女の子4人の
アイドルグループのCDを勝負に出て買う。ジャケットでは、
その4人はみな飯島愛を10年若くした感じで、それで日本の高校生の
制服みたいのを着ている。同行の2人はそれをピンクルと呼んでいる。
こちらの人はFの発音ができないらしく、
だからコーヒーもコーピーになってしまう。

メールでコーチのバッグの値段を調べてくれと頼まれていたので、
ロッテデパートの免税店に行って調べてみる。そのコーチの売り場探しには
もちろん会った2人が協力してくれた。

カルビスープを食べたいと言ったらやはり探してくれ、一緒に夕ご飯食べた。
なんとスープの中にご飯を全部入れて食べるのが普通らしいと言われたので
それで食べてみた。スープの味は大して変わらないが、
ごはんはやはり普通に食べたいとか思ったりした。

彼女らとは8時過ぎに別れ、9時に別の友達と新村というところで会う。
なんかめちゃくちゃおしゃれなバーに連れていってもらった。
とにかく普通の喫茶店でもバーでも椅子が柔らかい。日本みたいに
固くないのがほんとうれしい。お互い時間がなく、1時間ほどおしゃべりして
おしまい。土曜日か日曜日にゆっくり市内のどこかを案内してくれるみたい。
 ホットケーキの中に何か入ってました。おいしかった。


2001/2/10 土
私はずーと日本人の友達のところにお世話になっていたが、夕方近くになって
急に「ホテルへ移ってくれますか?」と”出て行け”宣言くらってしまい、
少々めげる。何も悪いことはした覚えがないのだが、居候の身であるゆえ、
出ろと言われれば出るしかない。

こちらで会った友達に電話して安ホテルがないか?とか聞いたりしたが、
結局自分で安い2000円のホテルを見つけることができた。
韓国観光公社ってところに来ると、部屋の空きとかを電話して
聞いてくれるのだ。それにそこにはインターネットが無料でできたりもする。
ちなみに今はそこから・・・。PCが10台ほどある。
日本人らしき人やらフランス人らしき人やらいろいろ。
日本人が多いせいか、やはり日本語の入力がすぐできる。

泊まったところはいわゆる旅館で、最初は3万Wの部屋へ通され、
その次は2万5千のところ、2万のつもりで来たと言うと、半分嫌々2千の
部屋に通された。宿帳を見るとほとんど日本人。オンドルの部屋で、
なぜか不思議とふとんの表面自体も暖かい。

2001/2/11 日
泊まっていたところが旅館ゆえ、なんだか回りの音がよく聞こえてくる。
朝、おばさんが廊下をモップで拭いている音で起きてしまう。
きたない話だが、大きいのをしたら見事あれがキムチ色に染まっていた。
10日の夜は確かにキムチ5、6種類少しずつ食べた。それにそれ以前も
たくさん食べていたし・・・。初めてあんな色のが出た。
ちなみに変にヒリヒリはしなかった。

泊まっていたところはちょっと長く泊まるにはイマイチだったので、
もうひとつの安いところへ行くと、当たった。日本語や英語を通じたりする
旅館の人がいたり、ベッドにバス・トイレもついている。TVのうつりは
いいし、チェックイン後、すぐ水のボトルが出てきたりした。
また、なぜかベッドのシーツの上も暖かい。

こちらの友達とロッテリアへ行く。多分こっちでは一番多いファースト
フード屋のような気がする。どこにでもある。そこで日本からのメールで
お薦めのあったプルコギバーガーを食べてみる。けど、話に夢中になっていた
せいか、味をほとんど覚えていない。

先週水曜日にあった日本語のよくできる3人組の女性達と再会。
彼女達らは日曜の午後1時から4時まで日本語を習いに行っている仲間なのだ。
そして昨日はその3人プラス2人の合計5人。なんと女性5人に囲まれて
ピザを食べたり、お酒を飲んだことなんてないと思う。
ちなみにスターバックスで落ち会い、ミスターピザってところで食事、
サンタナっていう飲み屋でビールでした。思いっきり西洋的。
そのサンタナという店のロゴはバンドのサンタナと全く同じ。
ちゃんと許可を得てはいないだろう。

彼女達はあまりにも仲がいいので、その辺のことを聞いてみると
その日本語学校ではやはりグループができてしまうらしく、
ブランド派と反ブランド派に別れるとか。彼女たちは反ブランド派。
「格好だけを気にして中身がない」みたいなことを言っていた。
やはり韓国にもこういう考え方の人もいるのだと確認できてちょっと安心。

彼女たちに日本のことでいろいろ教えられたことがある。
日本の万歳は「バンザイ、バンザイ、バンザイ」と3回やるものらしいと
思っているが、それが本当?? 私は知らなかった。

「にっぱちのブタ」って言葉も知らなかった。これもみんな知っているかな?
天ぷらの語源は英語のテンポラリーから来ているとか? ほんと?

ところでこちらではちょっとにぶい、とろい人を蛍光燈というらしい。
ひとタイミング遅れる人のことをそう呼ぶとか。彼女たちの中にひとり
そういうひとが居て、なにかと「ケイコウトウ、ケイコウトウ」と
いじめられていた。

日本では1+1=田んぼの”田”になったりするが、こちらでは
”窓”だとか。うむ、確かに窓の形になる。

また、男性と女性の人口における割合を聞いていたりしたら、
圧倒的に男が多いらしい。なんと女の子が生まれると、もしくは女の子だと
わかると処分してしまうだとか。驚いた。

彼女達から彼女達が「いくつに見える?」と聞かれ、
ちょっと若めに言ったら、
「サイトウさんは要領がいいですねぇーー」と見透かされていた・・・。

旅館への帰りは路線バスに乗る。初めて。なにせハングル語でしか
行き先が表示されていないのだ。彼女達の1人が同じ方向で、
送ってもらってしまった。

ところでその今泊まっているところはとりあえず3泊分を払ったのだが、
レシートもなく、私も宿帳などは書いていない。大丈夫かなぁ??

11日はキムチを食べなかったので1日1回キムチ食べる記録は9日間で
途切れてしまった。

韓国人は、日本人が歩いているとほぼわかるらしい。
私にはわからない。わかるようになるのかなぁ?

2001/2/12 月
ネット終了後、地下鉄でちょっと遠くの方へ行ってみようと思っていたら
ちょうど駅に行く途中で大きな本屋さんを発見。またまた大きい。
地下に降りると本屋さんの中にピザ屋さんがあったりする。
それもアメリカにある Sharbbro??あれ、スペル不確か。
CD屋さんも付属しており、そこでCD2枚買ってしまう。
コヨーテというのとSESというやつを勝負に出て買う。

大きい本屋さんへ行くと必ず日本の本のコーナーがある。
もちろん日本語で書いてある、日本に普通に売っている本だ。
こちらでは吉本ばなな、村上龍、柳美里などが有名らしい。
おとといあった女性たちの一人は「窓際のトットちゃん」を
買って持っていた。どうでもいいが、うちの父親が黒柳徹子と
一緒に写っている写真を家で見かけたことがある。

韓国の秋葉原、竜山へ行ってみる。駅を降りるやいなや、
もう電気屋さん。どこもかしこも。見事に秋葉原している。
また秋葉原と同じく、どこで買ったらいいかわからない雰囲気。
とにかくパソコン自作した私は東大門で服や靴などを見ているよりは
こっちの方が落ち着く。

日本から持ってきたガイドブックにそそのかされ、
ミョンドンのトンカツ屋さんへ行く。少々高く、驚くほどおいしくなかった。

ところでこちらのバレンタインは日本式のようだ。女から男へ。
だけど日本のように馬鹿騒ぎしている感じはない。義理チョコってものは
存在しないみたい。売り場へ行くと、大きな白い薄い布がかかった
白いバスケットがある。あれにチョコを入れて渡すのかな?
よーわからん。
 竜山駅兼デパート?


2001/2/13 火
観光らしい観光をしようと、光化門にある国立中央博物館へ行く。
なんと入場料700W(70円)。広島の原爆資料館も安かったが・・・。
なかなか見ごたえのあるところだ。日本人のツアーも来たりしていた。
といっても館内は静かで、人も少なく、このところソウルの人の多さに
少々うんざりしていたのでなんとなく生き返る。

そのそばにまた大きな本屋があるというので行ってみる。
教保文庫というところ。まぁ広くて本も多いが、人がめちゃくちゃ多い。
満員電車と紀伊国屋を合体させたようなところだ。
教科書やら、学生の勉強類の本が多いような気がする。
明らかに日本人よりは勉強好きに思える。

ふと店内歩き、山積みにされた本を見ていると、
なんとこっちで会ったICQ友達にそっくりの女の子が
なんだかわからない本の表紙になっている。表紙に名前が書いてありそうだが、
どれがそれなのかわからない。彼女から名刺をもらっていたので、
その彼女の名前の字を表紙で探したら見事にあった。
彼女は本の表紙に出たとか、モデルをしたとか言ってなかったぞ。
まぁとにかくすごい偶然。ちなみに彼女の元々の出身は南の麗水という
ところなのだが、私の父親はその麗水で生まれたのである。
ちなみに父親は日本人でありますが・・・。

夕飯、なにもわからずお店に入ると、メニューがない。
壁に貼ってあるだけなのだ。じぇんじぇん喋れない私は困った。
どうしようと思い悩んでいると、お店のおばさんが「うどん?」って
言ってくれたのでそれにした。こっちにきて麺類は食べていなかったので
ちょうどよかった。3日ぶりのキムチもおいしかった。
 光化門


2001/2/14 水
映画「シュリ」で使われた水槽のあるお店がソウルのどこにあるか、
ここ観光公社で聞いてみた。けっこういろんなところに電話してくれた。
プロダクションの人がお昼に出ているとかで、私のメールアドレスを
渡し、わかったら連絡してくださいということにしてもらった。
なんだかわかりそうー。

ちょっとしたハイキングにトライ。
ここ鐘路からミョンドンを越え、ソウルタワーまで山登り。
山の中はやはり少し空気がおいしいかんじ。
それはともかく階段が何百段もあり、かなりきつい。
やはり普段鍛えていないとこうなる。
9日前ほど前に来たときは夜だったので、ちょっと新鮮。

帰りはケーブルカーに乗ってと思っていたが、体力が回復したので、
違うコースで歩いて降りてみた。そして南大門へ。ここも買い物街。
とてつもなく人がいる。どちらかといえばちょっとおじさん、おばさん
向きのところか。黄色いスマイル・バッジを見つけ買いたくなるがやめておく。

日本からのツアーでは必ずここに来るらしく。ぞろぞろ日本人が買い物を
していた。1つ気が付いたのは日本人の女性は襟巻きをしている人がかなり多い。
こちらの人はほとんどしていない。マフラーをしている人がいたら
その人は日本人だと思ってもいいくらい。そういえば、「サザエさん」では
必ずみんな、冬で外に出ているとマフラーをしている・・・・。

こちらの客引きは腕を取ってまでも「皮ジャン買わない?」と言ってくる。
それもなかなか離すことがなかったりするから怖い。
そういうところでは意地でも買わないぞ!とか思ってしまう。

早くも夜になったので、必ずガイドブックに載っており、推薦も受けた
全州中央会館ってところで食事した。うむ、やはりここも日本人だらけ。
イカのキムチが気に入り、これを日本に買って帰ろうと決めた。

ロッテデパートの地下の食料品売り場にまた行ってみる。
なんとキムチ売り場のすぐ隣でバレンタイン用のチョコなどが売られている。
キムチのところは日本人観光客、となりは現地の若い女の子。おもしろい取り合わせ。

ところでそのバレンタイン、こっちの人はかなり大きい箱に入れて
あげたりもするらしい。どんなかばんにも入らないような箱に。
それもちゃんとラッピングして。持ってるだけで恥ずかしくなりそう。

道を通り過ぎる女性を見る度に「日本と韓国、どっちが女性がきれい?」と
いう問題に直面する。直面ってちょっと大げさだけど・・・。
ひとつ明らかでありそうなのはこっちの女性は胸が小さい。
というか「この人デケー」って人はほとんど見当たらない。
サイズDカップ以上のものはほとんど売ってないとかも噂で聞いた。

こちらの基地に来ているアメリカ人の友達から電話。
演習が金曜にも終わるかもしれないので遊びに来いとのこと。



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since Saturday, June 23, 2001

目に優しい緑色で攻めてみました。

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